興味深いニュースを見ました。
- 性同一性障害、生保入れない? ホルモン投与「治療中」(朝日新聞DIGITAL)
記事自体は「性同一性障害」という話題でくくってはいますが、これはやはり「性同一性障害」というより「ホルモン投与」が理由でしょうね。とはいいながら、一般に各生命保険会社が加入時の審査においてどのような条件を考慮しているのかは企業秘密であり、分かりません。貸金業や銀行業において貸付可否の判断の理由が一般に明らかにされないのと同じく、そのノウハウは経営の根幹であり、また明らかになれば抜け穴を狙ってくる者が必ず現れるからです。
興味深いのは記事中のもう一つの話題である「性同一性障害の者は加入している生命保険の性別を変更できるか?」というもの。
性別には「生物学的性」と「社会的・文化的性」があります。正確な表現ではないかもしれませんがそこはご容赦ください。ここでは単純に前者を「性染色体がXYであるかXXであるかによって分けられるもの」、後者をそれ以外の要素と考えます。ついでに社会的・文化的性という表現は長ったらしいので便宜上「ジェンダー」と呼ぶことにします。
さて、生命保険における「性別」はどちらを前提としているかといえば、大きくは「生物学的性」だと思われます。例えば生物学的性が男性の場合、卵巣がんや子宮がんに罹患する確率はゼロです。逆に生物学的性が女性の場合には精巣がんに罹患する確率はゼロでしょう。そしてそのような罹患率の違いは、死亡率の差異にも現れると考えられます。このように考えると、性同一性障害であることは生命保険の契約上の性別を変更する理由にはなりにくいと思われます。
しかし死亡率の性差要因は生物学的性だけとは言えません。端的には、不慮の事故による死亡や自殺の男女差などは、生物学的性よりもむしろジェンダーに左右されるところが大きいでしょう。
ということで厳密なことを言えば、上記の通り、死因を生物学的性にありよる要因とジェンダーによる要因に分け、その加重平均を予定死亡率として用いた保険料を使うべき、ということになりますが、予定死亡率については当局の認可が必要なためそうそう変更できません。そもそも各死因が2つの要因のどちらか一方に分けられるものとも思われません。
したがって実際に変更するかどうかは生命保険会社の裁量によるところがあると思われます。法的なことを言えば、日本には性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律というのがあり、その第4条には次のように書かれています。
(性別の取扱いの変更の審判を受けた者に関する法令上の取扱い)
第四条 性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、民法 (明治二十九年法律第八十九号)その他の法令の規定の適用については、法律に別段の定めがある場合を除き、その性別につき他の性別に変わったものとみなす。
2 前項の規定は、法律に別段の定めがある場合を除き、性別の取扱いの変更の審判前に生じた身分関係及び権利義務に影響を及ぼすものではない。
この第2項を読む限りでは、すでに加入している保険契約について、加入時点の性別の判断を変える必要はない、と読めます。冒頭の記事では
性同一性障害特例法は、性別の変更は権利義務に影響しないと定めているのに、契約時の性別は変更できないと認めてもらえなかった。
と、真逆の主張をしているのですが、個人的に解釈するところでは「法律上は変更不要だが、保険契約上の性別と本人が認識する性別が異なることによる精神的苦痛を避けるため、変更を認める生命保険会社もある」ということかと思っています。
しかし記事中で首をかしげるのが、その前の
20年以上契約を結んでいた生保の解約を迫られた。
という箇所です。生命保険会社の側から生命保険契約を解約(この場合、通常「解除」といいます)することは保険法によって制限されており、性別の変更を理由に解除されるということは考えにくいです。何か告知義務違反がその時に判明したのでしょうか。実際に「解約を迫られた」のなら、むしろ金融庁に通報してもいいような案件に思えますが…