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性別と生命保険

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興味深いニュースを見ました。

記事自体は「性同一性障害」という話題でくくってはいますが、これはやはり「性同一性障害」というより「ホルモン投与」が理由でしょうね。とはいいながら、一般に各生命保険会社が加入時の審査においてどのような条件を考慮しているのかは企業秘密であり、分かりません。貸金業や銀行業において貸付可否の判断の理由が一般に明らかにされないのと同じく、そのノウハウは経営の根幹であり、また明らかになれば抜け穴を狙ってくる者が必ず現れるからです。

興味深いのは記事中のもう一つの話題である「性同一性障害の者は加入している生命保険の性別を変更できるか?」というもの。

性別には「生物学的性」と「社会的・文化的性」があります。正確な表現ではないかもしれませんがそこはご容赦ください。ここでは単純に前者を「性染色体がXYであるかXXであるかによって分けられるもの」、後者をそれ以外の要素と考えます。ついでに社会的・文化的性という表現は長ったらしいので便宜上「ジェンダー」と呼ぶことにします。

さて、生命保険における「性別」はどちらを前提としているかといえば、大きくは「生物学的性」だと思われます。例えば生物学的性が男性の場合、卵巣がんや子宮がんに罹患する確率はゼロです。逆に生物学的性が女性の場合には精巣がんに罹患する確率はゼロでしょう。そしてそのような罹患率の違いは、死亡率の差異にも現れると考えられます。このように考えると、性同一性障害であることは生命保険の契約上の性別を変更する理由にはなりにくいと思われます。

しかし死亡率の性差要因は生物学的性だけとは言えません。端的には、不慮の事故による死亡や自殺の男女差などは、生物学的性よりもむしろジェンダーに左右されるところが大きいでしょう。

ということで厳密なことを言えば、上記の通り、死因を生物学的性にありよる要因とジェンダーによる要因に分け、その加重平均を予定死亡率として用いた保険料を使うべき、ということになりますが、予定死亡率については当局の認可が必要なためそうそう変更できません。そもそも各死因が2つの要因のどちらか一方に分けられるものとも思われません。

したがって実際に変更するかどうかは生命保険会社の裁量によるところがあると思われます。法的なことを言えば、日本には性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律というのがあり、その第4条には次のように書かれています。

(性別の取扱いの変更の審判を受けた者に関する法令上の取扱い)

第四条 性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、民法 (明治二十九年法律第八十九号)その他の法令の規定の適用については、法律に別段の定めがある場合を除き、その性別につき他の性別に変わったものとみなす。

2 前項の規定は、法律に別段の定めがある場合を除き、性別の取扱いの変更の審判前に生じた身分関係及び権利義務に影響を及ぼすものではない。

この第2項を読む限りでは、すでに加入している保険契約について、加入時点の性別の判断を変える必要はない、と読めます。冒頭の記事では

性同一性障害特例法は、性別の変更は権利義務に影響しないと定めているのに、契約時の性別は変更できないと認めてもらえなかった。

と、真逆の主張をしているのですが、個人的に解釈するところでは「法律上は変更不要だが、保険契約上の性別と本人が認識する性別が異なることによる精神的苦痛を避けるため、変更を認める生命保険会社もある」ということかと思っています。

しかし記事中で首をかしげるのが、その前の

20年以上契約を結んでいた生保の解約を迫られた。

という箇所です。生命保険会社の側から生命保険契約を解約(この場合、通常「解除」といいます)することは保険法によって制限されており、性別の変更を理由に解除されるということは考えにくいです。何か告知義務違反がその時に判明したのでしょうか。実際に「解約を迫られた」のなら、むしろ金融庁に通報してもいいような案件に思えますが…


生保再編

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今日(2014年6月2日)の日経朝刊3面の「きょうのことば」は「生保再編」でした。

生保再編 リーマン危機で活発に(日本経済新聞)

内容は、

  • 金融危機以降、欧米大手の事業売却が増えている
  • 一方、日本国内の生保は再編が進んでいない

というものですが、記述が不正確でどうにも違和感をおぼえます。

例えば、記事中に次のようなことが書かれています。

損害保険会社が大手3グループに集約されたのに対し、国内の生保会社はまだ43社ある。

英語で"apple to orange"という表現があります。「うまく対応づいていないものを比較する」という程度の意味ですが、上の文はapple to orangeの典型例ですね(ちなみに、きちんと対応するものを対応づけて比較することを"apple to apple"といいます)。

「損害保険会社が大手3グループに集約された」といっても、すべての損害保険会社が3グループのいずれかに属しているというわけではありません。2014年4月1日現在で損害保険会社(外国損害保険会社等および免許特定法人を含む)は53社ありますが、そのうち大手3グループに属しているのは11社しかありません。そもそも「国内の生保会社はまだ43社ある」という表現に対応させるなら「国内の損保会社はまだ53社ある」であるべきでしょう。

それに続く次の表現も使い古されたものですね。

生保は合併や買収が難しい非上場の相互会社形式が多いことが再編の障害だとの指摘もある。

これを見て、生保会社に相互会社が何社あると思いますか。実は、以下の5社しかありません。

  • 日本生命保険相互会社
  • 住友生命保険相互会社
  • 明治安田生命保険相互会社
  • 朝日生命保険相互会社
  • 富国生命保険相互会社

大手に相互会社が多いことは事実ですが、43社という会社数をベースに語っていながら、数的にはマイノリティの相互会社を捉えて「相互会社だから再編が進んでいない」と言うのも今さらどうなの、という感がぬぐえません。相互会社が株式会社を子会社として持つことは可能ですし(実際持っている会社もありますし)、相互会社同士の合併は明治安田生命という事例があります。「…との指摘もある」というのは誰がいつ指摘したんだか、という話しもありますが、「相互会社だから再編が進まない」というのは、15年か20年ぐらい前の議論の感覚です。

これ以外にも生保と損保のビジネスの時間軸とか保有契約の違いとかいろいろ言いたいことはありますが、ともかく時事用語の解説コラムとしては、なんかもうちょっとアップデートしてもらえんかな、と思う記事でした。

生損保の業界地図も載ってます。

10月になりました(標準利率改定の話)

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前回からだいぶ空いてしまって、いつの間にやら10月になってしまいました。この間に損保ジャパンと日本興亜が合併して「損保ジャパン日本興亜」になったり、東京海上日動あんしん生命が東京海上日動フィナンシャル生命を吸収合併したり、損保ジャパンDIY生命を第一生命が買収して「ネオファースト生命」と社名変更することが決定したりと、保険業界もいろいろとありましたが、今回は10月1日から施行された標準利率の改定を取り上げたいと思います。

この法令の原案についてはすでに以前「標準利率設定ルール改正(案)」というタイトルで取り上げています。条文が複雑だったので結果的に4回にわたり掲載することになりましたが、その内容はパブコメを受けてもほとんど変わらず、10月1日から施行されました。

といっても10月1日からの施行内容は実質的に標準利率算定に係る安全率係数の改定に限定され、しかも改定された部分が10年国債金利4%以上という、現時点では想像することすら難しい世界の話になっていますので、まあ影響がないと言っても差し支えありません。

今回改正の法令の「キモ」の部分はむしろ、一時払保険についてこれまでとは別の標準利率設定を行い、かつ改定の頻度を増やすということにあります。が、これとて対象契約が「平成27年4月1日以降締結する保険契約」ですので、当面は無関係ということになります。

しかしながら、この「平成27年4月1日以降締結する保険契約」に対する標準利率がどのようになるかを想像してみるのは意味があると思いますので、ちょっと計算してみましょう。

一時払保険については、標準利率は3ヶ月ごとに見直され(これまでは1年ごと)、見直すべき利率が決定するのは販売の3ヶ月前ということになっています(これまでは6ヶ月前)。つまり、平成27年4月以降の契約の標準利率が決定するのは早くとも平成27年1月ということになるのですが、ここではこれをさらに3ヶ月前倒しして、平成26年10月時点で判明しているデータをもとに標準利率を考えてみます。

以前のエントリでも書いたとおり、一時払保険の標準利率は第一号保険契約(一時払終身等)と第二号保険契約(一時払養老等)に分かれ、前者は20年国債利回りと10年国債利回りの和半の過去実績を元に、後者は10年国債利回りの過去実績を元に決められます。ここでいう「過去実績」は、過去3ヶ月間と過去1年間の低いほうです。また、元データとしては、財務省の金利情報を用いることとされています。

では、平成25年10月~平成26年9月の金利データを元に、仮に平成27年1月から一時払商品に新しい標準利率計算ルールが適用されたらどうなるかを計算してみましょう。

  • 第一号保険契約:10年国債利回りと20年国債利回りの過去3ヶ月平均は0.964%、過去1年平均は1.067%。両者のうち低い方(0.964%)に安全率係数を適用した「基準金利」は0.867%。
  • 第二号保険契約:10年国債利回りの過去3ヶ月平均は0.534%、過去1年平均は0.628%。両者のうち低い方(0.534%)に安全率係数を適用した「基準金利」は0.481%。

上記の基準金利が現在の標準利率から0.5%以上乖離していると、標準利率が改定されます。第二号保険契約は乖離が0.5%以上のため、標準利率が0.5%に改定されることになります。

以上の計算は「仮に一時払保険に対する標準利率規定が前倒しで適用されたら」という仮定の話にすぎませんが、とはいえ改定がありうることが分かりました。逆算してみると分かりますが、10年国債利回りの3ヶ月平均が0.555%以下の場合には改定されます。そして、この規定が実際に適用されるのは平成27年1月、つまり平成26年10月~12月の10年国債利回りによって決まります。

現時点で、10年国債金利が急上昇するとは思われず、したがって平成27年4月契約からの一時払養老等の標準利率は0.5%に引き下げられる可能性が高いように思われます。

以前の4回シリーズのエントリの最後で述べたとおり、このことは、現在は「0~1%の範囲で予定利率を決定できる」一時払養老が、「0~0.5%の範囲内でしか予定利率を決定できない」ようになることにほかなりません。保険会社にとっては予定利率の変更の自由度が失われることになり、なかなか悩ましい状況が生じるのではないかと思われます。

4月からの標準利率

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ごぶさたしています。このブログで私の生存確認をしている人もいると聞きましたが、なんとか生きています。

さて、前回と同じ話になってしまうのですが、新しいルールの下での標準利率がいよいよ決まります。一時払保険に適用される新しい標準利率は平成27年4月1日以降の契約からとなりますが、「標準利率自体が何%になるか」というのは、その3ヵ月前にあたる平成27年1月1日時点で決まります。

標準利率設定の元データは財務省の公表する流通利回りですから、年内最終日である12月26日に決定することとなります。その意味では今日を含めてあと2日ほどデータが足りないのですが、まあ確定と言っていいでしょう。すなわち、

  • 第1号保険契約(一時払終身保険等)については、標準利率は1%
  • 第2号保険契約(一時払養老保険等)については、標準利率は0.5%

となります。

そもそも機動的に標準利率が変更されるような仕組みを導入したにもかかわらず、安全率係数のかけ方が平準払商品と同じというのがどうにも解せません。「予定利率を保証している期間は平準払と一時払で変わらない」という意見もありますが、だとしたら保険期間別に安全率係数を設けるべきです。あるアクチュアリーの方とは、「一時払保険は安全率係数なくっていいんじゃね?」という話をしました。

法令上、責任準備金は「標準基礎率によって計算された責任準備金と、プライシング上の予定基礎率によって計算された責任準備金の大きい方」となります。したがって、標準利率より低い予定利率を設定することに問題は生じません。

逆に標準利率より高い予定利率を使用した場合、保険会社は追加の積立負担を負うことになります。つまり、標準利率とは、実質的に「保険会社が設定できる予定利率の上限」を規定していることになるのです。

このこと自体は標準利率の意義そのものではあるのですが、たとえば今後10年国債金利が0.8%に戻ったとしても、標準利率は0.5%のままとなります(安全率係数を加味すると、改定のトリガーである0.25%を超えないため)。マッチング運用がきちんとできていてALMリスクをちゃんとコントロールしている会社であっても、市中金利に追随した利率設定をするのに大きな制約を受ける、というのは、やはり制度として何かおかしいでしょう。「ちゃんとしたALMができる会社ばかりではない」という反論も考えられますが、そもそも商品のプライシングは個別審査を受けるので、その際に会社の特質を考えればよい話です。事前に中途半端な「しばり」をかけるのはいかがなものかと。

いずれにせよ賽は振られてしまいましたし、現下の金利水準では「高い予定利率をつけたい」という会社もないでしょうから、私の感じているモヤモヤは当面は杞憂に過ぎません。ただし、金利が反騰したときに何が起こるか…気になります。

2015.1.5追記:すみません、「12月26日に決定」と書きましたが、マーケットは12月30日まで開いているので、12月30日に決定の誤りでした。最終的に決まった標準利率は上記のとおりなのですが。

映画「寄生獣」

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Wikipediaのエントリ以上のネタバレはしていないつもりです)

今さらではありますが、映画「寄生獣」を観てきました。

映画『寄生獣』公式サイト

ご存知のとおり原作は1980年代に連載されたマンガです。映画化の権利は一度ハリウッドが取得したらしいのですが、結局ハリウッドでの映画化はなされず、日本で山崎貴監督によって映画化されました。

有名マンガの実写映画化というのは残念な評判になることが多く、この作品も、前田有一氏の「超映画批評」では失敗作と評されていたりします。まあ、マンガがアニメになったときに「声が違う」と感じたりするのと同じようなもので、有名作品だとなおさら思い入れが強かったりして、想像していたイメージとの乖離を不快に感じる人が多かったりするのでしょうね。

で、マンガ「寄生獣」は私の大好きな作品の一つではありますが、映画の方はそれほどダメ評価をつける感じでもないんじゃないの、というのが私の感想です。原作は全10巻という長い話で登場人物も多く、かつ全部の話がつながっているため、これを映画として可能な長さの脚本にするのは大変だっただろうと思います。その点でうまくまとまった作品だと思います。ただ、やはり不満の残るところもあります。原作との比較を含め、いくつか感想を書いてみたいと思います。

  1. ミギーがコミカルすぎる
    これは至るところで言われていますが、声の役が阿部サダヲという時点でどうしてもコミカルな印象が拭えず、ミギーの無機質さが感じられないのは残念でした。このあたりはアニメ版のほうが雰囲気が出ています。
  2. なぜ田宮良子の父親が出てくるのか
    パラサイト田宮良子のもとに、実家から親がやってきます。このシーンは原作でもあります。
    Tamiyaryoko_mom
    ところがこのシーン、原作では母親のみが上京してくるのに対し、映画では両親が出てきます。
    でも、ここは田宮良子が「母親」というものについて考えることになる大事な場面なんですよ(「母親」はこの作品の重要なテーマで、原作でも映画でもその重要性は強調されています)。なんで父親を一緒に出して、重要なテーマをわざわざ薄めるようなことをしたのか? 謎です。
  3. 新一の母親はなぜ出て行ったのか
    映画では泉新一の家は母子家庭になっています。登場人物を絞り込んで話をうまくまとめるという意味ではよい方法だとは思ったのですが、その結果、母親が新一を刺した後、わざわざ家を出て行く理由が分からなくなってしまっています。ここは原作をなぞるのではなくて、もう少しストーリーに工夫がほしかったと思うところでした。
  4. イヌはちゃんと埋めよう
    原作「寄生獣」の中で、最も印象的なセリフの一つはこれでしょう。
    Inunokatachiwoshitaniku
    死んだ子犬をゴミ箱に捨てた時に吐くセリフです。パラサイトの無機質さと、それに感化された新一をたったこれだけで表しているのは素晴らしい。当然ながら、映画でも同じセリフが出てきます。
    しかし、原作の新一はこの後に子犬の死骸をゴミ箱から取り出し、木の根元に埋葬してやります。新一が人間としてどう行動すべきだったかを反省する大事なシーンですが、映画ではそのシーンがないので、このセリフのもつ意味が中途半端に途切れちゃってます。
と、批判ばかり書いていますが、全体としての脚本はよくまとまっていたと思いますし、特にAの役割の変化と、クライマックスの母親との対決の場面はよかったと思います。俳優陣もよかったし、完結編も観ちゃうんだろうなあ。

書評「システム障害はなぜ起きたか」

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サブタイトルに「みずほの教訓」とあるとおり、みずほフィナンシャルグループが起こしたシステム障害の原因を考察するものです。

といっても、実はこれ、2002年の出版です。みずほは過去に2度、大規模なシステム障害を起こしていますが、これは最初のシステム障害に関するものです。

日経コンピュータの連載をまとめたとあって、他の単なる批判本とは一線を画しています。そのことは、本書の出版の趣旨に如実に表れています。

水に落ちた犬を皆でたたくのは、日本のメディアの悪い癖である。 過去の例を見ると、事故や障害の最中は報道が加熱するが、収束するとなんとなくうやむやになっていく。読者もまた、自分にも同じトラブルが起こりかねないことを忘れがちだ。将来に備えた教訓を引き出していないから、数年後に同じことがまた繰り返される。

こうした事態を避けるために、情報化の総合誌である『日経コンピュータ』編集部は、本書を緊急出版する。

内容は、いわゆるメインフレームに詳しくない者にも分かりやすく書かれています。例えば銀行システムの肝となる勘定系システムについて、その複雑さ・膨大さは次のように書かれています。

本稼働から15年あまりが経過した勘定系システムは都市銀行の場合、利用しているコンピューター・プログラムを見ると、全体で1億行(ライン)に迫るまで膨らんでいる。1人のエンジニアが1カ月仕事をしたとして、開発できるプログラムは、500〜800行と言われる。単純計算すると、1億行を開発するには、1000人のエンジニアが10年間開発を続けないといけない量である。

このような大規模なシステムの統合に関して、日経コンピュータの記者は、会見の場面で、経営トップのシステム統合を現場任せとする認識の低さに危機感を持ちます。案の定、現場では3行による綱引きが起こっていました。旧富士銀のシステムのほうが旧第一勧銀のシステムよりも優れていることが認識されながら、旧第一勧銀の勘定系システムを残すことについて、行司役を求められたコンサルティング会社がレポートを書きます。

確かに両行の勘定系システムには若干の差はあるものの、この差は2002年4月に新銀行を作るまでに解消できる。つまり、第一勧銀の勘定系システムを機能強化して、富士銀と同等の機能を盛り込めばよい。よって、「第一勧銀と富士銀のシステムに有意差はない」という理屈を作ったのである。A.T.カーニーは、こうした主旨の報告書を提出した。(略)

三行はこの報告書作成料として4000万円を予定していたが、割り勘にできないという理由で、3900万円に値切った。

そして2002年4月1日のシステム稼働を迎え、障害が発生します。システム部門は不眠不休で作業を続けたものの、口座振替の未処理データが完全になくなるまで18日を要することとなりました。

このあたりのトラブルの詳細は本書を読んでいただければいいのですが、本書の白眉は、みずほの事例にとどまらず、成功事例をきちんと取り上げていることです。

成功事例の筆頭に上がっているのは北洋銀行です。この銀行は、破綻した北海道拓殖銀行の事業継承に伴い、なんと旧拓銀のシステムに一本化します。事務とシステムは分かちがたく結びついているので、このことは、社内用語から事務のやり方から何から、北洋銀行側がすべて旧拓銀方式に合わせるということを意味しています。このことが可能になったのは、統合を率いたのが経営トップ(当時副頭取、出版時点で頭取)であったこと、それにシステム以外の部門の理解を得られたこととされています。

この他にも東京三菱銀行(システム部門と利用部門からなるプロジェクトチームを組成し、両者の意思疎通をスムーズに実現)やUFJ銀行(事務部門が事務変更の受け入れを早期に表明)といった事例が挙げられています。

このように成功事例と失敗事例の双方を取り上げることで、実務に携わる人間にとっては何を抑えておかなければならないかがより明確になっています。

けっこう古い本(図書館で借りたのですが、ちょっと手が痒くなるくらい)だったのですが、いや、とても実践的で参考になる良書でした。

こちらは2度目のシステム障害の際に書かれた本。同じく担当者目線という点でとても参考になる本です。

書評「12大事件でよむ現代金融入門」

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この年末年始はいくつかの良書に出逢えましたが、これもその一つです。

まずは目次を挙げましょう。

  • 第1章 ニクソン・ショックの衝撃-現代経済が"金離れ"したとき
  • 第2章 中南米危機にみる累積債務問題の重石-原油が世界をかき回す
  • 第3章 プラザ合意の落とし物-強いドルはアメリカの国益?
  • 第4章 ブラック・マンデーの悪夢-リスク・マネジメントの始まり
  • 第5章 日本のバブル崩壊による痛手-邦銀の凋落がはじまった
  • 第6章 ポンド危機で突かれた欧州通貨制度の綻び-ヘッジファンドの台頭と通貨制度の脆弱さ
  • 第7章 P&Gなど事故多発…デリバディブズの挫折-金融工学の暴走とリーマン危機への伏線
  • 第8章 アジア通貨危機で再び新興国の連鎖破綻-新興国リスクとドル依存体制の限界
  • 第9章 ITバブル崩壊の狂騒-「ニュー・エコノミー」という幻想と変貌する金融機関
  • 第10章 リーマン危機に連なる"ゲーム"-アメリカ型金融モデルの崩壊
  • 第11章 ギリシャ財政不安でユーロ絶体絶命-ユーロ圏の南北問題と問われつづける共同体理念
  • 第12章 終わらないフラジャイル・ワールド-次なる震源地はどこだ?

金融のリスク管理に携わっていると、過去の実績に基づいて何かを行う、ということはしばしば批判の対象となります。例えばヒストリカル・ボラティリティに基づくVaRはその遅行性からリスク指標としての有効性に疑問が呈されますし、ヒストリカル・ストレスシナリオは「もう一回ブラック・マンデーが起こると思うか?」と冷笑されます。

しかし、本書を読んで思うのは「歴史は繰り返す」であり、著者もそう書いています。

つぶさに市場経済を観察しながら抱くのは、金融にはあまり学習効果が効かない、という認識です。経済社会は何度も危機に直面し、そのたびに教訓を得たはずなのに、数年後にまた似たような危機を繰り返している

もちろん、それはまったく同じことがもう一度起こるということではありません。ただ、振り返ってみれば似たような事象は過去にいくらでも起こっているのです。

たとえば直近の欧州通貨危機。これは、「金融政策に強い『縛り』がある中で財政政策しか対処方法を持たない国は、金融環境の変化に対してきわめて脆弱である」という状況から生じたと考えれば、ドルペッグであることによる金融政策と財政政策の間隙をヘッジファンドに突かれたアジア通貨危機と同じです。そのように考えると、ユーロの危機は、金融政策と財政政策という二つの手段を取りうるようにならない限り(つまりユーロという通貨を放棄しない限り)抱えつづけるとも考えられます。

日本においては歴史的な低金利となっていますが、過去に起こった金利の急騰(=国債の暴落)として、タテホ・ショックなどがあります。

その後も長期金利は超低水準で推移しましたが、徐々に「国債バブル」への警戒感が強まり、一方的に金利が低下する地合いは終焉を迎えます。そして9月に、鉄工所の耐火煉瓦材料として利用される電融マグネシアの世界的メーカーであったタテホ化学工業が、国債先物で286億円の損失を出したことが明らかになりました。損失額は同社年間売上高の約4倍にものぼるといわれました。この事件は「タテホ・ショック」として、海外でも報道されるほどの注目を集めます。本件も氷山の一角にすぎないのではないかという思惑が広まって、株式市場や債券市場が急落したからです。長期金利は、5月の2.55%から10月にはなんと6%以上に跳ね上がったのでした。

この金利低下は元々黒田日銀のQQEによって一層強まっていますが、これにはリスク性資産(特に株式)の価格上昇という副作用が伴っています。アベノミクスの喧伝のされ方もあって、これが誤ったメッセージとなっている可能性に著者も懸念を表明しています。

時間を買うはずの金融政策が、「金融政策によって、以前のような経済成長率を取り戻せる」という誤ったメッセージを人びとに与えている側面は否定できないのです。

また著者は、ウクライナ問題へのロシアの対応から、冷戦はまだ完全には終結していない、との認識を示します。

つまり、現在の私たちは、超金融緩和時代の終焉とポスト冷戦時代の終焉という2つの巨流が、一気に交差する局面に立たされているのです。そうした中で、将来には、今までにはなかったパターンの危機が起きる可能性があります。

しかしながら、これまで「歴史は繰り返す」をずっと経験してきたわれわれにとって、今までになかったことが今後起こりうるかもしれないにせよ、学ぶべきは歴史であると思われます。

本書は、その時代を知らない者にとってはまさにタイトルのとおり「入門」であり、その時代を知る者にとっては再び当時をひもとくきっかけになる本だと思います。

保険計理人の実務基準の改正

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1月29日に、日本アクチュアリー会が「生命保険会社の保険計理人の実務基準」の改正案をパブリックコメントに付しました(2月19日まで意見募集)。

    内容は、現在は将来10年間の分析としている1号収支分析について、新たに保有契約の消滅まで将来収支計算を行う「長期収支分析」(実務基準上は「1号収支分析(1-2)」または「1号収支分析(2-2)」)を行うこととしたものです。

    これには「金融セクター評価プログラム」(Financial Sector Assessment Program; FSAP)という背景があります。このFSAPというのは、各国の金融システムが健全なものになっているか(世界的なシステミック・リスクを引き起こすような脆弱性を抱えていないか)を評価するもので、5年に1回行われます。そして、日本においては2012年に評価が実施されました。

    評価にあたっては当然ながら評価基準が必要となるわけですが、保険における評価基準は保険監督者国際機構(International Association of Insurance Supervisors; IAIS)の策定した保険コア・プリンシプル(Insurance Core Principles; ICP)です。このICPは全部で26の原則から構成されていますが、ICP14ではソルベンシー評価のための資産・負債の評価基準について規定されています。

    2012年のFSAPにおいて、日本はこのICP14に関してPartially Obsevedという評価がなされています。評価のレベルは「Observed」「Largely Observed」「Partially Observed」「Not Observed」の実質4段階(このほか「Not Applicable」があります)。通知表的に言えば「よくできました」「できました」「もうすこし」「がんばりましょう」というところでしょうか。

    このようにICP14に関して「もうすこし」という評価を受けた主な原因が「将来収支分析は保有契約の残存期間すべてについて行うべきところ、将来10年間しか行っていない」ということだったので、今回の長期収支分析の新設ということになったと思われます。

    ただ、これは少し議論のねじれを感じます。

    ICP14はあくまでもソルベンシー評価のための資産・負債の評価であり、会計について言及しているわけではありません。一方で保険計理人に求められる将来収支分析(1号収支分析)は、会計上の責任準備金の十分性について分析を行うものです。(実務基準において「会計上」と明記しているわけではありませんが、「ソルベンシー評価用の責任準備金」というものが保険業法上どこにも規定されておらず、保険業法でいう「責任準備金」が会計上そのまま取り扱われていることを考えると、実務基準が対象としているのは会計上の責任準備金であるとするのが自然です。)

    にも関わらずFSAPのコメントは「会計上の責任準備金」に対して適用される部分に(言い方は悪いですが)ケチをつけており、ややお門違いの感を受けるのです。

    ただ、これは日本において会計上の評価基準とソルベンシー確保のための評価基準が峻別されていないことによるものです。米国ではSAPとGAAPという形で明確に違いが設けられているので、(米国が何でも優れているというつもりは毛頭ないのですが)そのような考え方の峻別をきちんと行って、日本でもあるべき議論が正しく進むことが望まれます。


    映画「アメリカン・スナイパー」

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    映画評サイトというのは、合う合わないということもあって、参考にするということは少ないです。しかし、評者に同意するかどうかは別にしてもついつい見てしまうという映画評サイトがいくつかあります。

    個人的には毎年「この映画はいったい誰が観に行くんだ!?大賞」(誰映)を主宰している破壊屋さんのサイトが大好きですが、「前田有一の超映画批評」もよく見ます。残念ながら前田氏の評価と意見が合うことはあまり多くないのですが、この「アメリカン・スナイパー」で100点満点をつけていたのはまったく同意です。

    本作は実在のスナイパー、クリス・カイルの実話を元にした作品です。彼はスナイパーとして米国随一の実績を残し、「伝説」と呼ばれるのですが、実話が元になっていることもあり、この映画はいわゆるヒーロー物とは一線を画しています。何よりも作中で「伝説(レジェンド)」がクリスを揶揄する言葉としてしばしば出てくるのです。

    クリスは米国海軍の特殊部隊であるSEALSの隊員です。SEALSはその名称の中に"SEa" "Air" "Land"が含まれるとおり、海軍所属でありながら陸・海・空なんでもこなします。実際、映画の中では海軍らしい活躍場面は何一つ出てくることはなく、クリスが活躍するのはもっぱら地上戦であり、近くの建物の屋上から物陰のテロリストを狙撃することによって仲間を援護します。ただしそれだけでなく、突入に参加することもしばしばです。

    しかし、狙撃する(狙う)ということは狙われることと表裏一体です。狙撃実績に優れたクリスは、テロリストから賞金首をかけられ、狙われる立場になります。そしてそのことは精神的に過剰な負荷を生み、米国に戻ってきて家族と生活する中でも歪みとして現れます。テキサス男として育てられたクリスは、父から「世の中には羊と狼と番犬がいる。お前たちは羊を狼から守るヒーローたる番犬となれ」と聞かされて育つのですが、彼は自分が誇りある番犬になれたのかに苦悩します。そして、彼は同じように歪みを抱えた元軍人を支援する活動を行いますが、最後にはその活動が悲しい結末を引き起こします。

    これまでは米国の戦争映画と言えば、太平洋戦争あるいはベトナム戦争が主な題材でした。これらの戦争を経験した人もまだ多くいますが、少なくとも私にとっては「歴史上の出来事」でしかありませんでした。それに対し、この「アメリカン・スナイパー」は9.11同時多発テロ事件を契機としたイラク戦争が主な場面であり、歴史上の出来事のように感じられた「戦争」というものが未だに身近で起こっている(そしてそれはベトナム戦争の泥沼ぶりを繰り返しているようにしか思えない)という事実が、何とも言えないやるせなさを感じさせるものでした。

    軍人であるクリス・カイル本人が述べた内容を原作とするため、これは反戦映画ではないのでしょう。しかし、多くの関係者にとって記憶が新しすぎるためか、演出については非常に抑制された印象を受けます(特にラストシーンとエンドロール)。そのことが逆にとても強い「反戦」の印象を残すように感じられました。

    いい映画です、おすすめです、でも、2回観るのはつらい。そんな映画です。

    原作の文庫版です。もともと「ネイビー・シールズ最強の狙撃手」という書名で単行本が出ていたのを、文庫版で改題したものです。本文は基本的にクリス本人によるものですが、ところどころにクリスの妻タヤの述べた部分が挿入されており、戦地にいる者とその家族との意識のすれ違いを見ることができます。

    2015年度 生命保険業界に起こること

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    今日から2015年度が始まります。そこで、2015年度の生命保険業界で予定されていることをまとめておきます。(予定といいながらこのエントリが公開される時点ではすでに実施されていることが含まれていますが、ご容赦を)

    2015年4月1日:ING生命がNN生命に社名変更

    ING生命はもともと「ナショナーレ・ネーデルランデン(Nationale-Nederlanden)」というオランダの生命保険会社の日本支店として発足しています。NNというのはその頭文字ですので、ある意味では昔の社名が復活するようなものかもしれません。

    2015年5月1日:PCA生命がSBI生命に社名変更

    PCA生命は英国のプルーデンシャルグループ傘下の会社でしたが、2014年2月から新契約の取扱いを停止していました。2015年2月にSBIホールディングスが買収したことに伴う社名変更です。まあPCAはPrudential Corporation Asiaの略ですから、買収したら社名変更するのは当然といえば当然ですね。

    2015年7月1日:オリックス生命とハートフォード生命が合併

    ハートフォード生命は米国のハートフォードの子会社ですが、2009年6月以降、新契約の取扱いを停止していました。2014年4月になってオリックスグループがハートフォード生命の買収を発表し、現在はオリックス生命の100%子会社になっています。買収→100%子会社化→合併、というのは他にも見られるケースで、例えば米国のプルデンシャルグループ(上のプルーデンシャルグループとは違います)はAIGスター・AIGエジソンの2社を買収した際、この2社をいったんグループ会社であるジブラルタ生命の100%子会社とした上で、後に合併しています。

    2015年4月1日・2015年7月1日:標準利率改定

    以前に何回かエントリとして書いた新しい標準利率制度の件です。

    2015年4月1日以降の契約については一時払養老保険などの「第二号保険契約」に適用される標準利率が1%から0.5%に引き下げられることはすでに書きましたが、7月からは一時払終身保険などの「第一号保険契約」の標準利率も改定されます。こちらは1%から0.75%への引き下げです。機動的に標準利率を変更できるようにすることが改正の趣旨だっただけに、異次元緩和による金利低下の影響をモロに受けた感じですね。

    今回の標準利率改定の対象となる商品は一部の一時払商品に限定されますし、平準払商品については2016年4月からの標準利率改定ということにはならなさそうです(少なくとも、2015年3月の10年国債応募者利回りが横ばいで続くとした場合には、改定はありません)。しかしここまでの低金利は生保にとってはツライです…なんとか早期に出口が見えてほしいものです。

    相互会社と株式会社の合併

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    こんな記事がありました。

    生保業界再編の可能性 大手4社、 それぞれの事情

    最近M&Aが相次ぐ大手生保に関する記事ですが、中にこんな記述が。

    そもそも相互会社の住友生命が、株式会社の三井生命を合併すること自体、法律で認められていない。合併するのであれば、株式会社への転換という構造的な問題がある。

    これが正しいかどうかは、保険業法の該当する条文を実際に見てみればわかりますね。見出しだけで十分でしょう。

    上記には株式会社と株式会社の吸収合併や新設合併の規定はありませんが、これは当然ながら会社法でカバーされています。つまり

    • 株式会社と株式会社が合併する
    • 相互会社と相互会社が合併する
    • 株式会社と相互会社が合併して株式会社になる
    • 株式会社と相互会社が合併して相互会社になる

    のいずれも保険業法上は可能である、ということになります。

    保険会社の事例では、最後の「株式会社と相互会社が合併して相互会社になる」こそありませんが、それ以外はすべて実例が存在しますね。相互会社と相互会社の合併は明治安田生命がそうですし、相互会社と株式会社が合併した事例としては大和生命があります。

    経営破綻した大正生命保険株式会社の契約管理会社として発足したあざみ生命株式会社と、大和生命保険相互会社が、2002年に合併しました。このときは、大和生命は大正生命のスポンサーとして名乗り出たのですが、法的な後継会社はあざみ生命とし、「大和生命保険株式会社」となりました。

    ともかく、こういった「ちょっと調べればわかること」を見落とさないように気をつけたいものです。自戒を込めて。

    マイナスの標準利率はありうるか

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    日銀が金融政策の一環としてマイナス金利を導入しました。

    この発表を受けて国債金利が大幅に低下し、10年国債は0.1%を割ってしまいました。9年物までマイナス金利となっており、10年金利がマイナスとなる事態もあながち荒唐無稽とは言えない状況になってきています。

    さて、このマイナス金利の保険会社への影響といえば標準利率がどうなるかということでしょうが、そもそも標準利率がマイナスになることはあるのでしょうか。

    標準利率の決定プロセスは以下のようになっています。

    • 対象利率を決定する。
    • 対象利率に安全率係数を適用し、基準利率を決定する。
    • 基準利率と現在の標準利率を比較し、一定以上の乖離があった場合は標準利率を変更する。

    最初の「対象利率」については、平準払の保険については、10年国債金利の応募者利回りの3年平均と10年平均のいずれか低い方とされています。一時払の保険については、財務省が公表する流通利回り(10年、あるいは10年と20年の平均)の直近3ヶ月平均と直近1年平均のいずれか低い方とされています。いずれにしろ、この平均を計算する段階ではマイナスがあり得ます。

    次に基準利率の計算は、対象利率を区分した上で、以下の安全率係数を掛けます。

    対象利率安全率係数
    0%を超え、1.0%以下の部分0.9
    1.0%を超え、2.0%以下の部分0.75
    2.0%を超え、4.0%以下の部分0.5
    4.0%を超える部分0.25

    この基準利率を計算する段階でマイナス金利部分には安全率係数が存在しないため、マイナスの基準利率は生じない、ということになります。したがってマイナスの標準利率は(少なくとも現行法令上は)あり得ないということになります。

    さて、それでは標準利率がゼロという状態はあり得るでしょうか。これは起こりえます。

    上のとおり計算された基準利率と現在の標準利率が0.5%以上乖離しているとき(一時払保険の場合は0.25%以上乖離しているとき)は標準利率が改定されますが、標準利率は0.25%単位で決定されるため、基準利率が0.125%を下回るときには改定後の標準利率が0%となってしまいます。上の安全率係数から逆算すると、対象利率が0.13888....%を下回ると、標準率が0%ということになります。

    現在の10年国債金利は0.02%。対象利率は一定期間の平均をもとに計算するため、このことが直ちに標準利率の改定となるわけではありませんが、少なくとも標準利率0%というのがまったくの絵空事とは言えないような環境になってしまっています。

    (2016.2.11追記)

    「対象利率区分に金利がマイナスのときの安全率係数が設定されていないから、対象利率がマイナスのときには基準利率は定義できないのでは」という意見がちらほら見られるので補足です。

    基準利率は対象利率を「0%を超え、1.0%以下の部分」「1.0%を超え、2.0%以下の部分」「2.0%を超え、4.0%以下の部分」「4.0%を超える部分」というそれぞれの「部分」に分けて安全率係数を適用するので、対象利率がマイナスの場合はいずれの「部分」もゼロということになり、結果として基準利率はゼロである、というのが自然な解釈ではないでしょうか。そもそも「対象利率がマイナスのときには基準利率は定義できない」のだとすると、対象利率区分が「0%を超え」るところからしか始まっていないため、対象利率がゼロのときの基準利率も定義できない理屈になりますが、これは直感的におかしいでしょう。

    熊本地震での茨城県境町の取り組み

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    熊本と大分の地震では、今も比較的大きな余震が続いています。被災地のみなさまにはお見舞い申し上げます。

    被災地支援にはいろいろな方法がありますが、個人で物品の寄付は少量にとどまる上に寄付先に仕分けなどの余計な手間を強いるため、やはり金銭による支援が一番確実ではないでしょうか。つまり、募金や寄付です。

    その中に、ご存知「ふるさと納税」という制度があります。今はやや趣旨がヘンになっているところもありますが、ふるさと納税はそもそも寄付金控除を拡張したものとして制度が構築されていますので、こういった被災地への寄付として行うのが本来求められていた姿であるとも言えるかもしれません。その意味では、熊本県、大分県または被災市町村にふるさと納税をするのは金銭的支援として大いに意味があることです。

    しかし、ふるさと納税では、寄付を行った先から寄付金の受領証が送られてきます。これはふるさと納税をされた自治体側にとっては、受領証を送付する事務が発生するということです。(寄付金控除を年末調整で行おうとする場合は少し話が違いますが、自治体側に事務負担が発生する点は同じです。)

    被災によっててんやわんやの自治体にとって追加での事務負担が発生するのは、特に小さな市町村にとっては大きな負荷になる可能性があり、私もふるさと納税をためらっていました。

    しかし、茨城県境町がすばらしい取り組みをやってくれています。

    境町が熊本県の代わりにふるさと納税の事務を引き受けてくれる、というものです。

    ふるさと納税制度では、納税証明書の発行業務が必要なため、自治体が発行業務をしなくてはなりません。このたび、手数料はトラストバンクが無償で、納税証明書の発行は、熊本県へ引き継ぎまでの間は、発送手数料など事務費等は茨城県境町が自費で提供いたします。

    境町は昨年9月の豪雨によって常総市とともに大きな被害を受けた地域ですので、そのときの経験から出たものかもしれません。茨城県境町のすばらしいアイデアに拍手を送るとともに、私もさっそく寄付します。

    標準利率設定ルールの改正

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    先日のエントリで「現行法令上は」と断り書きを入れておいてよかったな、という感じで、標準利率の設定ルールの改正案がパブリックコメントに付されています。

    それにしても表題が長い。

    今回の改正はまさにマイナス金利に対応したもので、「標準責任準備金計算の基礎となる予定利率の算出に当たって、0%以下の国債利回りの平均値(指標金利)に対応する安全率係数を設定する」とうたわれています。

    具体的には、現在以下のようになっている安全率係数の表を、

    対象利率安全率係数
    0%を超え、1.0%以下の部分0.9
    1.0%を超え、2.0%以下の部分0.75
    2.0%を超え、4.0%以下の部分0.5
    4.0%を超える部分0.25

    次のように改めるというもの。

    対象利率安全率係数
    0%以下の部分1.0
    0%を超え、1.0%以下の部分0.9
    1.0%を超え、2.0%以下の部分0.75
    2.0%を超え、4.0%以下の部分0.5
    4.0%を超える部分0.25

    意図はもちろん分かるんですが、この表を当てはめた結果としてどのような標準利率になるかは、実は自明ではないように思われます。つまり、

    • 基準利率の「区分」とは?
    • 対象利率の「部分」とは?

    というところが、今回の改正案でははっきりしません。

    具体的に考えてみましょう。

    現在の安全率係数をグラフにすると、次のようになります。

    Illustration_1

    0%以下を含めると、こう。

    Illustration_2

    例えば基準利率が2.6%のときは、下のグレー部分の面積ということになります。

    Illustration_3

    基準利率がマイナスとなった場合、例えば-0.3%では以下のとおり。グレー部分の面積がないので、ゼロであることが分かります。

    Illustration_4

    さて、では改正後はどのようになるでしょう。明らかに次のようになりますね。

    Illustration_5

    改正案で、基準利率が2.6%の場合を見てみます。

    Illustration_6_2

    あれ…?

    そうです、改正案の場合、基準利率がプラスのときに「0%以下の部分」をどのように解釈すればよいかが明示的ではないのです。

    では基準利率がマイナスの場合はどうでしょう。

    Illustration_7

    当然、こうだと思いますよね。しかし、こう考えることもできます。

    Illustration_8

    基準利率がプラスのときに「0%以下の部分」が明確でないのと同じように、基準利率がマイナスのときに「0%を超える部分」をどう解釈するかという問題も考えられます。(とはいえ、さすがにこれは牽強付会だと自分でも思いますが。)

    「0%以下の部分」について下のような解釈をするとしても、まだ問題は残ります。

    Illustration_7

    この「0%以下の部分に安全率係数をかけたもの」はプラスでしょうか、マイナスでしょうか。

    基準利率が2.6%のときの「2.0%を超え、4.0%以下の部分」について2.6%-2.0%=0.6%、と計算しますよね。同じように当てはめると、基準利率が-0.3%のときの「0%以下の部分」については、0%-(-0.3%)=0.3%、とプラスになるとも考えられます。これが「-0.3%に決まってんだろ!」というのなら、先ほどの「基準利率が2.6%のときの『2.0%を超え、4.0%以下の部分』」についても-1.4%(=2.6%-4.0%)ということになっちゃいません?

    と、うだうだと述べてきたのが屁理屈に過ぎないことは重々承知しているのですが、構成として一貫性を欠いているというのはあると思うんですよねえ。

    それにしても、マイナスの標準利率が発生した場合、実務上は相当に混乱が予想されます。システム上、予定利率に符号エリアを用意している会社なんてないでしょうし…

    今回のパブリックコメントでは施行時期について明示していませんが、意見の中には「システム対応が膨大」みたいな意見も来るのではないでしょうか。

    2015年度大手生保決算

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    2015年度の主要生保の決算が出揃いました。

    さて、生命保険会社の決算開示は「決算のお知らせ」と「補足資料」から構成されています。

    「決算のお知らせ」には以下のような内容が含まれています(以下は第一生命の例です。株式会社と相互会社で項目の表記や順番に若干の相違がありますが、おおむね似たような項目構成です)。

    1. 主要業績
    2. 2015年度末保障機能別保有契約高
    3. 2015年度決算に基づく契約者配当金例示
    4. 2015年度の一般勘定資産の運用状況
    5. 貸借対照表
    6. 損益計算書
    7. 株主資本等変動計算書
    8. 経常利益等の明細(基礎利益)
    9. 債務者区分による債権の状況
    10. リスク管理債権の状況
    11. ソルベンシー・マージン比率
    12. 2015年度特別勘定の状況
    13. 保険会社及びその子会社等の状況
    14. 保険種類別の概況

    「補足資料」は資産関係の詳細な情報が含まれており、有価証券の明細や含み損益の状況、貸付金の明細などが載っています。

    これらに加え、各社共通の開示内容としては記者会見資料があります。これは上記の定型の決算発表様式には掲載されていない情報を補足的に回答しているもので、平均予定利率や含み益がゼロとなる日経平均株価、銀行窓販での販売状況などが載っています。

    と、ここまでが「生保の決算開示」として関係者になじみ深いものだったのですが、今回の決算開示の特徴としては、これら以外に独自の開示を行う会社が増えたということが挙げられます。

    上場している第一生命をはじめとして、このような決算説明資料の開示は過去もある程度は行われていたのですが、決算開示当日にこのように大手が揃って開示するのは今回が初めてではないかと思われます。

    その背景ですが、やはり最近活発となったM&Aにあると思われます。

    上記の定型の開示様式はあくまでも単体決算がベースであり、連結関係の情報は「保険会社及びその子会社等の状況」だけです。このため、業績を含めた形でグループ全体の情報を開示しようと思うと、独自形式にならざるを得ません。逆に言えば、今年からグループベースでの表示の重要性が格段に増している、ということです。

    実際、2015年3月末と2016年3月末の連結総資産および連単倍率(総資産ベース)を比較すると次のようになります。

    会社名2015年3月末2016年3月末
    日本生命62.6兆円(1.006倍)70.6兆円(1.113倍)
    第一生命49.8兆円(1.353倍)49.9兆円(1.391倍)
    明治安田生命36.6兆円(1.003倍)39.1兆円(1.071倍)
    住友生命27.5兆円(1.005倍)31.8兆円(1.150倍)

    2015年3月末の時点では第一生命以外の連単倍率はほとんど1倍だったのに対し、2016年3月末ではかなり変化しているのが分かるかと思います。(連単倍率だけ見るとあまり大きく変化していないようですが、連単倍率がこれだけ変化するためには総資産にして数兆円の変化が必要なのです)

    これからも連結ベースは独自開示が続くのでしょうか。あるいは、連結ベースでも何らかの統一様式の作成が進むのでしょうか。今後の開示の動向に注目です。


    不妊治療保険

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    いささか古いネタで恐縮ですが、不妊治療に係る保険の引受けを可能とするための保険業法施行規則の改正が4月1日付で施行されています。

    「保険業法施行規則の一部を改正する内閣府令(案)」に対するパブリックコメントの結果等について

    パブコメ時点から来るのではないかと想像していた意見が、案の定提出されていました。

    検査を受けて、医師から妊娠の可能性が低いと言われた。しかし、妊娠するかどうかの結果は誰にも分からないと思う。今回のニュースをみて是非、保険に入りたいと思った。是非、医師の診断後で治療を受けている、いないを問わず誰でも入れる保険になる事を願う。費用の負担が少しでも軽減されると、10年後20年後の少子化問題も軽減されると思う。

    今回不妊治療に係る規定を追加していただき大変喜んでいる。現在不妊治療中の人も大変金銭的に困っている方も多いので、治療中の人も当該保険の引受け対象になればすごくありがたい。検討をお願いしたい。

    これらに関する金融庁の回答は

    貴重なご意見として承ります。

    とそっけないものですが、いやいや、貴重なご意見もなにも、「現在不妊治療中の人が加入する不妊治療保険」って、法律上無効ですから。

    その規定は保険法にあります。

    第68条(遡及保険)

    傷害疾病定額保険契約を締結する前に発生した給付事由に基づき保険給付を行う旨の定めは、保険契約者が当該傷害疾病定額保険契約の申込み又はその承諾をした時において、当該保険契約者、被保険者又は保険金受取人が既に給付事由が発生していることを知っていたときは、無効とする

    2. 傷害疾病定額保険契約の申込みの時より前に発生した給付事由に基づき保険給付を行う旨の定めは、保険者又は保険契約者が当該傷害疾病定額保険契約の申込みをした時において、当該保険者が給付事由が発生していないことを知っていたときは、無効とする。

    保険法の条文の中には約款で別途定めれば異なる要件とすることができるもの(任意規定といいます)もありますが、この条文に関してはそのようなことができない「強行規定」とされ、実際、「論点体系 保険法2」(山下友信、永沢徹編著)にも次のように書かれています。

    本条1項の規定の趣旨は、保険制度を悪用して少額の保険料を負担することにより多額の保険給付を受けることになるという事態を防止しようとすることにあり、したがってその趣旨には公序性が認められるので、その性質上強行規定である(萩本編著・一問一答63頁)。

    まあ保険金が直ちに受け取れる保険なんて、そんなものは保険ではなくてただの利益供与ですよね。「不妊治療の人が加入できないなんて、そんなの可哀想だ!」という人がいたとしても、加入しようとしている人が保険会社の社員や役員の場合には同じことは言わないでしょう。

    それにしてもこの不妊治療保険については誤解が多いようで、パブコメに対してこういう意見もありました。

    保険各社がこのような「商品」を発売することに反対である。

    相互扶助の精神に基づく国民皆保険制度の基本が揺るがされる可能性があることは避けるべきであり、有効な治療は全国民が恩恵を受けられるべき。不妊治療の経済負担を安易に民間保険会社に託すことは国が責任逃れをしていることである。

    また、アメリカでは不妊治療が保険会社の商品となった結果、一定の妊娠成功率がある病院にしか保険金が支払われないために、患者の選別が行われたり、「非配偶者間生殖医療」が勧められたり、保険会社がクリニックの治療方針に関与するなどの問題が生じている。それから、アメリカのがん保険会社が日本で大儲けしているように、日本経済には独自の哲学があるにもかかわらずアメリカの考え方に振り回されているのではないかが気になる。

    いや、「公的制度でカバーすべきだから民間が商品を作るべきではない」って何か違いませんか? ちなみに、不妊治療については次のような公的助成制度があります。

    厚生労働省:不妊に悩む夫婦への支援について

    ただ公的助成だけあって、対象となる治療は限定されていますし、所得制限もあります。今回の保険業法施行規則の改正によって民間での不妊治療保険の道が開かれた(というより、明確化された)ことになりますので、これによってより多くの人に役立てる保険が開発されれば、と思います。

    保険法の大家、山下友信先生による新著。ちなみに「保険法1」のほうは総則と損害保険です。しかしこの本、定価5,184円なのに、出版当初はなぜかAmazonで8,000円を超える値段がついていました。

    6月14日の金利

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    ご承知のとおり、標準責任準備金の計算基礎となる予定利率(標準利率)は、国債の応募者利回りと流通利回りから決定されます。詳細な規定は下記の過去エントリを見ていただければ。

    要するに標準利率の設定対象は「一時払養老・一時払年金」「一時払終身」「その他の保険」に分かれるのですが、このうち一時払終身保険の標準利率は、10年国債の流通利回りと20年国債の流通利回りの和半に基いて定められます。

    6月14日、その「10年国債の流通利回りと20年国債の流通利回りの和半」がついにマイナスとなりました。

    先日パブリックコメントが締め切られた標準利率設定ルールの改正案が実際に改正・施行されればマイナスの標準利率が導入されることになるわけですが、とうとう一時払終身保険にまでマイナスの標準利率が適用される可能性が出てきました。

    マイナスの標準利率が即マイナスの予定利率を意味するわけではありませんが、いずれにせよ保険会社は標準利率に基づく責任準備金の積立負担を負うわけで、以前のエントリで述べたように改定頻度が上がったにもかかわらず平準払と同じ安全率係数が適用されていることも含めて、標準利率についてはさらなる見直しの機運が生じてくるかもしれません。が、うーん、もはやベースとなる金利自体がマイナスの中では意味がないか…

    Brexitによって保険規制はどうなるか

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    (このブログの記事はどれも個人的なコメントではありますが、今回のエントリもそうですので、念のためにあらかじめおことわりしておきます。)

    英国が国民投票でEU離脱を選択してしまいました。残留派の女性議員の射殺事件以降はなんとなく残留優勢の雰囲気があったために楽観していましたが、いやもう驚きの一語です。

    さて、このEU離脱によって保険業界的に気になるのは、「ソルベンシーⅡはどうなるのか?」ということでしょう。なんといっても今年の1月1日に施行されたばかりですし。

    英国アクチュアリー会の発行する“The Actuary”に、このことに関する記事が早速載っています。

    Brexit: UK insurers continue to be bound by Solvency II for now

    記事の論調では、当面(英国が正式にEU脱退するまで)は大きな影響はないだろう、とされています。理由として、

    • EUソルベンシーⅡ指令に基づく法律が英国の法律として成立しているため、当面はその法律下の義務に服する
    • すでにかなりのコストをかけてソルベンシーⅡ対応を行なってしまった

    といったことが挙げられています。

    イングランド銀行および金融行為規制機構(FCA)も同様に、当面の変化はないこと・金融機関の健全性は金融危機時よりはるかに高まっていること、を中心とした声明を発表しています。

    Statement from the Governor of the Bank of England following the EU referendum result

    FCA: Statement on European Union referendum result

    長期的な見通しについては「今後の英国とEUとの関係次第」とのことですが、上記“The Actuary”の記事にあるとおり、保険業界としてはEU市場へのアクセスの確保が要望されているようです。

    ということで規制の面で短期間に急激な変化が生じることはあまりなさそうですが、気になるのは金融環境のほうです。今回の国民投票の結果により他のEU各国にも動揺が生じており、すでに「自国でも国民投票を」といった声が上がっている国がいくつかあるようです。英国もスコットランドの動向をはじめとして不安があり、このまま動揺が広がれば欧州危機のような混乱をもたらしかねません。

    経済価値ベースのソルベンシー評価においては、経済価値が正しく評価できることが大前提となります。正しい経済価値が評価できない場合、経済価値ベース評価の代表選手であるソルベンシーⅡはもとより、日本でのソルベンシー規制の検討、さらに国際的な保険資本規制の枠組みであるICSにも影響するかもしれません。

    規制動向そのものだけでなく、金融環境にも要注目の状況が続きそうです。

    偽サイトにご注意

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    各保険会社の公式サイトに、7月21日あたりから急に「偽サイトにご注意」のお知らせが目立つようになりました。ざっと見たところ、以下の会社に注意を促す表現が見つかりました。

    掲載の日付は、ほとんどの会社で7月21日か7月22日になっています。しかし、これらの会社を見る限り、規模は関係なさそうですし、外資系か国内社かという点も関係なさそうですし、グループ内で1社だけがターゲットになっている会社もあれば、複数のグループ会社がターゲットになっているところもあり、どうにも法則が見出せません。

    書かれている「偽サイト」へのアクセスはさすがにしていませんが、他の保険会社に波及する可能性も否定できません。ご注意ください。

    シン・ゴジラにおける生保保険金支払い(ネタバレ全開)

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    大評判の映画「シン・ゴジラ」、観に行ってきました。いやーすごいです。ここんとこずっと頭の中でこの映画の音楽が流れっぱなしです。

    で、このブログであれば当然「ゴジラによる被害に伴う保険会社の保険金支払いはどの程度になるか?」ということをエントリにしたくなります。

    これはとりもなおさず「ゴジラがどのように暴れ回るか」を明らかにすることですので、ネタバレ全開です。まだ観ていない方は観てからこのエントリを読んでください。

    第1形態

    ゴジラ(ここではまだ「巨大不明生物」)のしっぽが東京湾アクアライン付近に現れる場面です。アクアラインで崩落事故が発生しますが、大河内首相が「死者は出ていないんだろう?」ということから、人的被害は軽微であることが分かります。災害入院給付が多少あるかもしれませんが、とりあえず金額軽微とします。海上保安官に重軽傷者が出ていますが、これは職務上の傷病のため民間保険会社の出番はないものとしましょう。

    第2形態~第3形態

    ゴジラ(ここでもまだ「巨大不明生物」)が多摩川に入り、呑川を遡上して蒲田から上陸、品川まで行ったところで急に東京湾に戻るまでです。この上陸に関しては翌日のニュースで「死者・行方不明者は100人を超え」たと報じられていますので、死者100名とします。

    生命保険協会の統計によれば、2015年3月末保有契約ベースでの東京都の平均保険金額(個人保険)は619.4万円。ただし、1人で複数加入しているケースがあります。2015年3月末の東京都の保有契約数が1,730万件であるのに対して、2014年10月末の東京都の人口は1,339万人であるため、おおむね1人あたり1.3件加入していることになります。この分を考慮すると、東京都の人口1人あたりの保険金額は約800万円。したがって100人だと約8億円となります。

    上記は個人保険の金額なので、団体保険を加えます。団体保険に関しては、東京都は被保険者数178百万人に対して保有保険金額が252.6兆円なので、1件あたり約140万円。団体保険の重複加入は考えにくいのでこれの100人分として1.4億円。

    ここまで災害関係の特約が含まれていませんので、その金額を加味する必要があります。2015年3月末時点での個人保険保有契約(全国)は857兆円、それに対する災害死亡保障の金額は148兆円(災害保障特約+災害割増特約+傷害特約)、したがって個人保険の保険金1あたりの災害死亡保険金額は0.17となります。つまり上記の8億円の0.17倍で、災害死亡保険金額は約1.4億円となります。

    次に災害入院保障です。災害入院者数は死亡者数の1.5倍程度、入院日数は10日と見積もってみます。1件あたりの災害入院日額は約6,000円ですので、災害入院による給付金支払見積額は1,200万円程度となります。

    以上を合計すると、ここでの支払総額は約11億円ということになります。

    第4形態

    さて、ここから先はケタが変わります。とりあえず、鎌倉上陸から都心部へ向うまでは避難がそれなりになされ、人的被害は軽微とします。

    被害が大規模に発生するのはやはり熱焔と熱線の放出からでしょう。ゴジラは東京駅近くで活動を停止しますが、それまでの熱焔と熱線の放出によって、新橋、虎ノ門、永田町、銀座(少なくとも4丁目)が火の海と化します。東京駅を中心に半径2km以内に致命的な被害が生じるものとします。区でいえば千代田区・港区・中央区にわたります。

    これらは特に人の集まる地域であるため、人口比では、実際の面積よりも多めに、千代田区の7割、港区の5割、中央区の9割が被害を受けるとします。ここで被害想定は実際の人口ではなく昼間人口を用いるべきです。少し古いですが、東京都については平成22年(2010年)の区別昼間人口のデータがあり、

    • 千代田区:819,247人(夜間人口47,115人)
    • 港区:886,173人(夜間人口205,131人)
    • 中央区:605,926人(夜間人口122,762人)

    となっています。この昼間人口の半分がすでに避難していたとしても、被害対象者総数は78万人となります。この半数が生存していたとして死亡者は39万人。保険金支払額は約4.2兆円となります。2015年度中の業界全体の死亡保険金支払額(災害保険金を含む)が約2.9兆円と比べてみるとその金額の大きさが分かります。

    もうこれ以上は計算しませんが、上記の試算ではまだ足りません。被災地域にいて生き残った残りの半数に対する入院給付が発生します。特にゴジラは放射線を発するため、急性放射線障害の発生により治療が長引くことも考えられます(映画では半減期が20日程度であることが判明する場面が出てきますが、そこは今後の除染等への影響であって、急性被爆の影響が小さいことにはなりませんからね)。


    さて、ゴジラによる保険金支払の想定をざっくりとしてみました。ここまでで想定していない被害想定として、次のような運用面への影響があります。

    • 投資用不動産の損害(被災地域はオフィス地域であり、生命保険会社の持ちビルも多数あると思いますので、これらの賃料収入の喪失と修復費用が大規模に発生します。一方で東京地域以外の不動産価格が上昇していることがほのめかされてもいます)
    • 経済環境の影響(劇中でも国債や為替が暴落しているというセリフが出てきます。国債価格の下落は生保の経済価値的にはプラスかもしれませんが、その前にバランスシートの傷みが大変なことになります)

    そして何より、被災地域には生命保険会社の本社が集中しています。その意味では、そもそも本社が機能を喪失した状態で保険金支払ができるのか、というBCP的観点が最も重要ですね。

    最近「エマージング・リスク」ということがたびたび言われます。現在は起こることが思いもつかないが、起こる可能性がある事象で、ひとたび起こると大きな影響があるリスクのことであり、要するに「想定外を想定せよ」ということです。さすがにゴジラが東京を襲うことを想定するのは荒唐無稽に過ぎますが、こういった作品をきっかけにしてリスクのヒントにする、というのはあり得ると思うのですが、いかがでしょうか。

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